海外ブランドシャネル日本法人社長が初の小説 日本への愛こめ

 海外ブランドシャネル日本法人社長のリシャール・コラス氏(53)が、初めて小説を書いた。18歳の夏、日本を旅して回った実体験をもとにした自伝的小説『遙かなる航跡』(集英社インターナショナル)。「小説を書く」という長年の夢をかなえた。

 驚くべきは、小説の完成度だ。日本に初めて出会った1972年の「ぼく」と、30年間日本に住む現在の「ぼく」が並列で登場。2つの時間が交錯するうち、心の奥深くに封印していたものが暴かれ、思いがけない悲劇があらわになる。言葉を超えた「愛」と、超えられなかった文化的な「不寛容」を丁寧に描ききった。

 表情が平板で心を推し量りにくいといわれる日本人だが、コラス氏は「愛情に満ちて、根本的に優しい民族」だという。「初対面の人々から信じられないほどの親切を受けた」若き日の旅は、今の日本でも経験できる、と。「日本人自身は『日本人は変わった』というけれど、僕はそうは思わない」

 ただ、この小説には、日本人の死生観が、不気味な通奏低音として流れている。神に与えられた命を自分で絶つことは許されないキリスト教世界とは違い、自殺や心中に対する心のハードルが、この国では恐ろしく低い。そして「ぼく」自身、その甘美な願望にひかれていく。「社会的責任がある立場なので、表に出すことは一切ないけれど、僕の中に暗い部分があるからでしょう。実は波のある、悲観的な性格。人生には悲劇がつきものだと思っている」

 それにしても、子供が自ら命を絶つ最近の状況を、どう見ているのか。「心中には、ある種の美学がある。けれども子供の自殺は、ただ残酷なだけ。なぜ止められなかったのかと残念で悔しい。この国では今も昔も『出る杭は打たれる』。『違う』ことを認めない社会が、いじめの根源にある」と分析する。

 小説は今春にも母国フランスでも出版される。有名出版社の社長から「お前は既に小説家だ。すぐ次作を書け」と激励され、すでに3冊目までの出版が決まっている。次作は自らの体験とは関係のない日本人同士のストーリーだそうだ。

 今後、執筆には週末をあて、社長業と両立させるという。「確かに時間はない。でも、ないからこそ、良いものを書きたい。エネルギーはエネルギーを呼ぶんです」(黒沢綾子)

産経新聞 - 2007年1月6日